アトムより愛をこめて(6)

アトムより愛をこめて(6)
私はお茶の水博士より天馬博士が好きだった。登場回数は少ないけれど、アトムを作ったのは天馬博士。お茶の水博士はせいぜい修理くらいしか出来ない。もちろん、お茶の水博士が主役の一人で天馬博士が脇役なのは性格のせいだろう。お茶の水博士は性格円満だけど、天馬博士は小学生のボクから見ても変人だった。
 さて、あれから40年。私の好みは変わっていない。「相棒」の杉下右京しかり、[ガリレオ]の湯川学しかり、「西遊記」の悟空しかり。私の好きなキャラクターはみんな一芸に秀でているけれど変人扱い。
 私の指導している進学校のトップクラスの子たちも、その多くは変人扱いにあっている。私のように取るに足らないスケールでも、田舎では変人扱いだ。、私はクリスチャンだから厳密に言うと地元の「八幡祭り」で神輿をかつぎたくない。でも、付き合いには合わせる。
 ただ、
八幡祭りをやめようって言う人がいるのよぉ!」
 と、話も聞かずに論外と決め付けて議論にもさせない田舎の風潮には抵抗がある。同様に、突然塾にやってきて「授業の構成は・・・あるべきだ!」と根拠もなく押し付けてくる保護者には辟易する。
 論理性が全く欠如している。根拠もない。ただ、思いつきと感情だけで話をする。そういう相手には、原則として耳を貸さない。酷い相手には塾を去ってもらっている。
 多くの塾経営者はポリシーも何もなく金儲け第一なので、何を言われても営業スマイルで受け入れる。私のような塾経営者は「変人」と呼ばれる。でも、私は性格円満なお茶の水博士より、アトムを作れる天馬博士が好きなのだ。
それで塾が破綻するかと言えば、上位層の子たちの支持がある。田舎にはありえないような合格実績も出せる。やはり、どの分野でも最後には「腕がモノを言う」のだと思う。塾は合格させてナンボなのだ。